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68年目の信愛  紙岡 智

昭和20年の和歌山140806-01

140806-02

蝉しぐれとはよく言ったもので、木という木から猛烈な蝉の鳴き声が聞こえ、夏真っ盛りを感じさせられます。

今日は、広島に原爆が投下されて69年目になります。和歌山信愛は、第二次大戦が終結した翌年(1946年)に誕生しました。信愛の校歌は、次のようなものです。

みどり溢るる伏虎(とらふす)の 山の松よりなお深く
真理(まこと)の道を求めんと
流れつきせぬ紀ノ川を  己(おの)が心の友として
正しき道標(しるべ)仰ぎつつ  学びの塔を究めなん

くれない匂う暁の 雲の峰よりなお高く
女性(おみな)のわざを磨かんと
あまねく映ゆる太陽の 清き光を友として
たゆまぬ心一筋に  学びの塔を究めなん

大自然の中の信愛、というイメージの歌詞ですが、この歌が作られた1946年を考えると少し意味合いが変わってきます。当時の和歌山は、空襲にあい、お城も市街も見渡す限りの焼野原でした。校舎とか教室、運動場・・そういったものがなく、物質的には大変貧しい、そういう中で、紀ノ川や太陽に想いを託して、「頑張るぞ!」というチャレンジ精神で作られた歌なのです。

大学入試・高校入試・中学入試を前にした受験生の皆さん、守りに入らず、可能性を徹底的に追求してください。必ず道は開けます。焼野原から信愛や和歌山の街を再建した先人達を見習って、チャレンジ精神を忘れず頑張りたいと思います。

平和を祈念しつつ。

*写真は昭和20年(1945)の和歌山
1、けやき通り。右手に和歌山城。
2、焼け残っているビルは、今のフォルテ。