月別アーカイブ: 2018年12月

2018年最後のつぶやきです 山本茂樹

2018年もあっという間に終わる気がしますが、みなさまにとってはどのような一年だったでしょうか。
個人的な感想を言わせていただくと、まさに激動の一年でした。詳しい内容は公の場ではあまりお話できませんので、また個人的にお話する機会があれば聞いてください。ただ、一年の最後になってまいりまして、何となく上向きになってきたのかな、と思っております。

ところで、昨日、フィギュアスケートの全日本選手権を見ていたのですが、高橋大輔選手の演技が圧巻でした。羽生結弦選手が不在の大会ですから、宇野昌磨選手の圧勝だろうと、個人的に予想しておりました。それで、確かにSPが終わった段階では宇野選手が圧勝だったわけですが、高橋選手が何と2位につけるという大健闘でした。高橋選手は一度引退したとはいえまだ32歳ですので、まだまだ世間的にはお若いわけですが、16歳や17歳の選手がガンガン活躍するフィギュアスケートの世界では立派な大ベテランです。今回の復活劇は、多くのおじさん世代に勇気を与えてくれたと思います。

ひるがえってみて、本日、本校では入試に関する個別相談会が行われました。この成績ではどうでしょうか、あるいはこの科目はどのような勉強をすればよいでしょうか、といった相談に来られた方が多かったように思います。受験まで残り約1か月、受験生のみなさんにはぜひベストを尽くしていただきたいと思います。

外の世界にいると、どうしても見落としがちになってしまいますが、高橋選手はおそらく並大抵ではない「準備(練習や体調管理等をふくめて)」をしてこられたと思います。それだけの準備をしたからこそ、本番で大きな力を発揮されたのです。

受験生のみなさんも、残された期間、「準備(勉強や体調管理をふくめて)」に力を入れてください。ぜひ、本番では高橋選手のような力を発揮していただけたら、と思います。

クリスマスミサ Sr.平良優美子

今日は2学期の終業式の後、厳かのうちにイエス・キリストのご誕生を礼拝するクリスマスミサを感謝の心で行いました。

 

クリスマスの精神は「愛・平和・喜び」です・・・!!

 

聖書の中でイエス・キリストの誕生を初めに知らされたのは羊飼いたち、星の輝きに気づき、その導きに従って行動し、イエスの誕生に出会うことが出来たのは東方(異邦人)の3人の博士たちでした。しかもその人たちはイスラエルの社会では、つまはじきにされていたのです。このことからも神様は全ての人を愛してくださっているのが伝わってきます。

世界中の1人ひとりが国籍・人種間の差別なくクリスマスの精神を実践すればされ、喜びのうちに、平和の世界が実現するのに・・・!!その日が一日も早く来ますようにと祈りつつ。

本年も

最後の月を迎えました。
諸先生方が書くように、雨も降るけど晴れる日もある、そういう一年でした。
この時期、普段と違うことは、ご逝去なさった恩師からの季節のおたよりが今年はない ということです。
日々 思わない日はありませんが、思い出すと元気がでる記憶をたどっています。
心に残る一つ一つの思い出が、気持ちを幸せにし、幸せな心をもつことが次の日の力になっています。
この一年をたいへんな思いで生活された方々が、少しでもより良く進まれるよう切に願います。
師走の時節、年始に向け ささやかでも幸せな気持ちをもつことができますように。

今年の出来事       峯尾直美

今年も残すところあと10日余り。みなさんはどんな1年だったでしょうか。
先日1年の世相を表す「今年の漢字」に「災」が選ばれました。
選んだ理由として、北海道や大阪府北部の地震、西日本豪雨や台風等が挙げられ、来年は災害被害の減少を願うという声が多かったようです。
私は何といっても9月に訪れた台風の衝撃が忘れられません。

台風は四国から上陸した!
今世紀最強とされる台風21号(チェビー)
25年ぶりに非常に強い勢力で近畿地方に
上陸し、最大風速45m(秒速)の強風と
大雨で大きな被害をもたらした。

わが家も例にもれず屋根瓦が飛び、カーポートとポストが倒壊し、雨漏りで壁や天井がまくれ、照明器具には水が溜まりました。
停電は2日で復旧しましたが、その他は未だ
復旧しておらず来年になるとの事。
先月大阪方面に出かけた際、車窓から多くの
ブルーシートがかかった建物を見ました。
まだまだ復旧には時間がかかりそうですね。

地震や水害等で避難所生活をされている方々のニュースをテレビで見かけますと、体調大丈夫かな?不便だろうなと心配になりますが、以前にもまして「どんなにかショックだったろう」と胸が痛みます。
信愛でも被害に遭われた方々のお話を耳にしました。皆様の1日も早い復旧をお祈りしています。来年は楽しいつぶやきができますように。

今日は何の日?   信愛では懇談会初日                    12月19日は日本人初飛行の日      齊藤恭子

今日から三日間は三者懇談会ですね。どんな話になるのか気になる人も多いのではないでしょうか。
ところで、12月19日は何の日かとweb検索すると…。「日本人初飛行の日」
1910(明治43)年に現在の代々木公園で10万人の大観衆が固唾をのんで見守る中、徳川好敏工兵大尉(徳川御三卿の清水家当主)が飛行に成功した。
5日前の12月14日にも日野熊蔵が飛行に成功していたが、公式の飛行実施予定日ではなかったために「滑走の余勢で誤って離陸」と報告されたらしい。
あれ?私が随分前にテレビ番組で知った、実はエジソンよりも12年も前に飛行に成功していたという二宮忠八は一文字も出てこない。
三人についてもう少し調べてみる。
徳川好敏の父(篤守)は、お人よしの性格につけこまれ多額の借金を背負い華族の体裁を維持できず(篤守自身は自由平等主義者だったためあっさりと)爵位を返上した。このフライトの成功により徳川好敏は没落した清水徳川家の再興をとげた。
一方、日野熊蔵は徳川好敏とは明暗を分け、その後は軍人でありながら孫文の革命を支援、独自(世界に先駆けた自動拳銃等)の発明に没頭、軍では冷遇され右往左往の後半生を送った。ただ、同郷の一高校教師が30年もの歳月をかけて彼の生い立ちから入念に調べ上げ、日野を日本初パイロットとして本を出版、ドラマ化もされた。
二宮忠八は1891年に動力飛行に成功。陸軍に実用化を願い出たが却下され、製薬の仕事をしながら自力で資金集めをしていた間に、ライト兄弟に先を越されてしまった。以後、二宮は飛行機すべての研究を諦めた。しかし、話はそこでは終わらない。彼の願い出を却下した上司はのちに彼の家に来て詫びた。日本では彼が飛行機を飛ばした日を「飛行機の日」としており、飛行(器)機という言葉も彼の造語だという。英国王立航空協会は彼を「ライト兄弟よりも先に飛行機の原理を発見した人物」として紹介している。また、彼が創業したマルニという製薬会社は食卓塩などを扱い現存している。

人は誰でも認められたい、評価されたい。
けれどその評価がいつも自分の期待どおりとは限らない。

飛行機に乗ると世界を俯瞰できる。
もし雨が降っていても高度を上げ雨雲の中をかいくぐり突き抜けたその先には
爽快な青が広がる。この清々しい空色は飛行機に乗った時にしか拝めない。

飛行機目線を持ったら
こんな心境になれるかも。

離陸できるかな

理科実験 酒井慎也

寒くなってきましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

和歌山信愛で理科を教えている酒井です。

私自身は「実験を通じて理科を学ぶ」ことがとても大切だと思っているので、授業ではよく実験をしています。今回は授業中になんとか撮影した実験の様子を公開したいと思います。

実験したからといってすぐに知識が身につくわけではないですが、実際に目で見てみると、新しい疑問や発見が見えてくるものです。そういった「知的好奇心」や「探求心」を実験の授業を通じて、自ら育てていってほしいと思います。

最後に生徒の実験レポートを

*レポートは同一人物ではありません。

 

 

「1」を積む  丸田 五郎

こんにちは。12月も半ばになりました。この時期、受験生である高校3年生、中学3年生、小学6年生の人は必死で勉強していることでしょう。また、受験だけでなく資格試験を将来受けようとしている方々も含め、合間の時間を惜しんで勉強に励んでいることと思います。

受験に合格したい、資格を取りたい、その一心で励むわけですが、人はどうしても成功という未来に目を向けがちです。また、スランプや失敗に陥ると、過去を悔やみ引きずることもあります。

ただ、私たちは未来や過去のなかで生きてはいません。私たちは「今」にしか生きることができないのです。輝かしい未来を想像するだけでなく、それが実現する為に「今」何ができるかを考える。悔しい過去があるならば、それをこれからは二度と繰り返さず何が足りなかったかを十分に分析をして「今」に活かす。未来は目標、過去は教訓として捉え、今を一生懸命生きてほしいと思います。

そのためには、今日「10」、「100」のことをしてやろう!と思うのではなく、目の前にある「1」に目を向けましょう。どんな達人も、どんな名人も、みな最初は1から始め、その1を積み上げていったのです。勉強に置き換えたら、目の前にある1問に全力を傾ける。それを続ければ1+1+1+1+・・・となり、10、100が出来上がる。それが輝かしい未来に変貌するのです。

受験生の皆さん、「1」を積み上げていってください。ただ、今は本当に大変で苦しい時期で無理もしてしまうでしょう、どうか体調だけはご自愛ください。皆さんの想いが、願いが叶えられるよう、お祈りいたします。

高校1年生テーブルマナー講座

高校1年生がテーブルマナー講座に参加しました。

ホテルグランビア和歌山にて、コース料理を頂きながら、ナプキンやナイフ、フォークの使い方などを丁寧に教えて頂きました。お料理の内容をご紹介します。

北海道産 鱈の蒸し煮 ホワイトクリームソース

ポークロインのグリル ソースデミグラス

洋梨のプリン 蜜柑風味のサバイヨンソースと共に

信愛生の皆さんは、ちょっと緊張していましたが、お行儀よく食事を楽しんでいました。

お料理はとても美味しくて、幸せな気持ちになれました。。。

皆さん大満足でニコニコで帰宅していました。

ホテルグランビアの皆さまありがとうございました。

 

 

 

中3ACP

信愛の皆さんにはエンパワーメントプログラムと言ったほうが分かる人も多いでしょうか。ACP(アドバンスト・コミュニケーション・プログラム)と名前を改めたこのプログラムに昨年から中3全員が参加しています。
昨日ここ最近で最も強い寒波が到来する中、和歌山駅で20人の留学生をホストファミリーとともに出迎えました。
長旅の疲れも見せず、初日から信愛生たちを熱心にリードしてくれています。

コミュニケーションというのは英語の上手い・下手は関係ありません!自分の気持ちを伝えようとする気持ちが大事です。
私は今日皆さんが一生懸命取り組む姿を見て、その気持ちは伝わったんじゃないかなと思いました。
さあ、今日は英語をたくさん使って疲れましたね!?
明日に備えてゆっくり休んでください。
あ、でもその前に!! 明日は午後から留学生に校内を案内します。お気に入りの場所、考えておいてくださいね。

南 正人

 「今日は何の日?」と言われて、1941年の「太平洋戦争開戦記念日」を思い浮かべる人は、70歳以上の人だろうか。50歳以上の僕たちは「ジョン・レノンの命日」と答えるはずだ。1980年の今日、ビートルズのメンバーだったジョン・レノンがニューヨークの自宅アパート前で熱狂的なファン、マーク・チャプマンにピストルで撃たれて死亡した。
 高校2年生だった僕は、そのニュースを深夜放送のラジオで知った。そのニュースに接して、僕はすごくショックを受けた。と言っても、ジョン・レノンが死んだことにショックを受けたのではない。もちろん、ビートルズもジョン・レノンも知ってはいたけれど、その死がものすごくショックというわけではなかった。それよりもその年の10月に山口百恵が芸能界を引退したことの方がよほどショックだった。
 では、いったい何がそんなにショックだったのかというと、その深夜ラジオのパーソナリティーが泣いていたことだ。今でもそうかもしれないけれど、当時の深夜ラジオはとても軽薄で下品で、だから面白かった。そのラジオのパーソナリティーと、それから次々に出てくるゲストがみんな泣いていたのだ。いつもはちょっと尖ったロックンローラーたちが、そろいもそろってジョンの死を悼んで泣いていた。
 会ったこともない人の死が、人をそんなに悲しませることがあるのか。
 僕はその事実にショックを受けた。当時の僕には、そんな人はいなかったから……。
 君達にはいるだろうか? もちろん、会ったこともない人で、その死を知って涙に暮れてしまうような人が……。
 こんなことを言われて、あの人が死んだら……この人が死んだら……なんて、人の死を想像するのは、とっても不謹慎に思われるかもしれない。けれども、「死を思うこと」と「生を思うこと」は、同義だと僕は思っている。そして、若い君達は、たくさんの「生を思う」必要があり、だから、たくさんの「死を思」わなければならない。会ったことのない人だけでなく、身近な人の死についても……。
 11月はキリスト教では「死者の月、死を想う月」でした。また、高校2年生は2学期に夏目漱石の「こころ」を勉強しました。もう12月になってしまったし、期末試験も終わってしまったけれど、12月は「死を思う」には、適した月なのかもしれません。
 お正月が「おめでたい」のは、生命の更新、つまりそれまでの自分が一度死に、新しい命に改められると考えられているからです(だから、昔はお正月に全員が一つ年を取りました)。ということは、来たるべき「生命の更新」の日に向け、この時期に「生と死」について考えることは、大切なことなのかもしれません。